CPU・GPUメーカーの歴史と技術トレンド
CPUとGPUは現代のコンピューティングを支える中核技術です。Intel、AMD、NVIDIA、ARMなどの主要メーカーの歴史と、 プロセス技術、アーキテクチャ、性能向上の技術トレンドを詳しく解説します。
CPUメーカーの歴史
Intel Corporation
創業からx86アーキテクチャの確立(1968-1990年代)
1968年にロバート・ノイスとゴードン・ムーアによって設立されたIntelは、1971年に世界初のマイクロプロセッサ「4004」を開発しました。 その後、1978年の「8086」でx86アーキテクチャの基礎を確立し、1981年のIBM PC採用により業界標準となりました。
1985年の「80386」で32ビットアーキテクチャを実現し、1993年の「Pentium」シリーズで高性能化を推進しました。 Pentiumは「5」を意味するギリシャ語に由来し、x86アーキテクチャの第5世代を表しています。
Pentium 4とNetBurstアーキテクチャ(2000年代)
2000年に発表されたPentium 4は、NetBurstアーキテクチャを採用し、高クロック周波数を追求しました。 しかし、消費電力と発熱の問題から、2006年にCoreアーキテクチャへの転換を余儀なくされました。 この時期、AMDのAthlon 64が性能面で優位に立ち、Intelは苦戦を強いられました。
CoreアーキテクチャとTick-Tock戦略(2006-2015)
2006年のCore 2 Duoは、Pentium 4の失敗を教訓に、効率的なアーキテクチャ設計を実現しました。 Intelは「Tick-Tock」戦略を採用し、Tick年(プロセス縮小)とTock年(アーキテクチャ刷新)を交互に繰り返しました。 Core i7、Core i5、Core i3のブランド体系を確立し、デスクトップからモバイルまで幅広い市場をカバーしました。
プロセス技術の進化と10nm以降の課題(2015-現在)
2015年以降、プロセス縮小のペースが鈍化し、Tick-Tock戦略は「Process-Architecture-Optimization」モデルに変更されました。 14nmプロセスは2014年から2020年まで長期にわたって使用され、10nmプロセスへの移行は遅延しました。 2021年にAlder Lake(第12世代Core)で10nm(Intel 7)を実現し、2023年にはMeteor Lake(第14世代)でIntel 4プロセスを導入しました。
AMD (Advanced Micro Devices)
創業とx86互換プロセッサの開発(1969-1990年代)
1969年に設立されたAMDは、当初はIntelのセカンドソース(代替供給元)として活動していました。 1982年にIntelとクロスライセンス契約を結び、x86互換プロセッサの開発を開始しました。 1991年のAm386は、Intel 80386の互換プロセッサとして成功を収めました。
Athlon 64とx86-64アーキテクチャ(2000年代)
1999年のAthlonは、当時のPentium IIIを性能面で上回り、AMDの地位を確立しました。 2003年のAthlon 64は、世界初の64ビットx86プロセッサとして、x86-64(AMD64)アーキテクチャを確立しました。 このアーキテクチャは後にIntelにも採用され、業界標準となりました。
苦戦とZenアーキテクチャの復活(2010-現在)
2010年代前半、AMDはBulldozerアーキテクチャの失敗により、市場シェアを大きく失いました。 2017年のRyzenシリーズ(Zenアーキテクチャ)は、マルチコア性能とコストパフォーマンスでIntelを圧倒しました。 Zen 2(2019)、Zen 3(2020)、Zen 4(2022)と進化を続け、2023年のZen 5ではさらなる性能向上を実現しています。 EPYCサーバープロセッサも、データセンター市場で大きな成功を収めています。
ARM Holdings
RISCアーキテクチャとライセンスビジネスモデル
ARM(Advanced RISC Machine)は、1985年にAcorn Computersによって設立されました。 RISC(Reduced Instruction Set Computer)アーキテクチャを採用し、低消費電力と高い効率を実現しています。 ARMは自社でチップを製造せず、アーキテクチャのライセンスを提供するビジネスモデルを確立しました。
Apple、Qualcomm、Samsung、MediaTekなどがARMアーキテクチャを採用し、 iPhone、Androidスマートフォン、タブレット、組み込みシステムなどで広く使用されています。 2020年にAppleがM1チップを発表し、MacでもARMアーキテクチャが採用されました。
ARMv8とARMv9アーキテクチャ
ARMv8(2011年)は64ビットアーキテクチャを導入し、サーバー市場への進出を可能にしました。 ARMv9(2021年)では、機械学習アクセラレーション、セキュリティ強化、スケーラビリティの向上を実現しました。 AWS Graviton、Ampere Altraなど、ARMベースのサーバープロセッサがデータセンター市場で採用されています。
GPUメーカーの歴史
NVIDIA Corporation
創業とグラフィックスカードの開発(1993-2000年代)
1993年にジェンセン・ファンによって設立されたNVIDIAは、1995年にNV1を発表しました。 1999年のGeForce 256は、世界初のGPU(Graphics Processing Unit)として位置づけられました。 Transform & Lighting(T&L)エンジンを統合し、3Dグラフィックスの処理をCPUからGPUへ移行させました。
CUDAとGPGPUの確立(2006-2010年代)
2006年に発表されたCUDA(Compute Unified Device Architecture)は、GPUを汎用計算に利用するGPGPUの基盤となりました。 GeForce 8800シリーズは、統一シェーダーアーキテクチャを採用し、CUDAの実装を可能にしました。 これにより、科学計算、機械学習、暗号通貨マイニングなど、グラフィックス以外の用途でGPUが活用されるようになりました。
機械学習とAIアクセラレーション(2010年代-現在)
2012年のAlexNetがGeForce GTX 580で学習されたことをきっかけに、GPUが機械学習の主流となりました。 2016年のPascalアーキテクチャ(GeForce 10シリーズ)は、Tensor Coresを搭載し、深層学習の推論と学習を高速化しました。 2020年のAmpereアーキテクチャ(GeForce 30シリーズ、A100)は、第2世代Tensor Coresと大幅な性能向上を実現しました。 2022年のAda Lovelaceアーキテクチャ(GeForce 40シリーズ)は、第4世代Tensor CoresとDLSS 3を導入しました。
データセンターとエンタープライズ市場
NVIDIAは、Tesla、Quadro、A100、H100などのデータセンター向けGPUを開発し、 AIトレーニング、HPC(High Performance Computing)、クラウドサービスで広く採用されています。 DGXシステムは、AI研究機関や企業の機械学習インフラとして使用されています。
AMD (Radeon Graphics)
ATI Technologiesの買収とRadeonブランド(2006-2010年代)
AMDは2006年にATI Technologiesを買収し、GPU事業に参入しました。 Radeon HDシリーズは、DirectX 10/11対応と高いコストパフォーマンスで市場に受け入れられました。 2011年のRadeon HD 7970は、世界初の28nmプロセスGPUとして、NVIDIAのGeForce GTX 580と競合しました。
GCNアーキテクチャとGPGPU(2011-2018)
Graphics Core Next(GCN)アーキテクチャは、2011年のRadeon HD 7970で導入されました。 GCNは、GPGPU用途に適した設計で、OpenCLやVulkanなどの並列計算APIで高い性能を発揮しました。 Radeon RXシリーズ(Polaris、Vega)は、ゲームとコンテンツ制作の両方で評価されました。
RDNAアーキテクチャとゲーム性能の向上(2019-現在)
RDNA(Radeon DNA)アーキテクチャは、2019年のRadeon RX 5700シリーズで導入されました。 GCNと比較して、ゲーム性能を大幅に向上させ、消費電力効率も改善しました。 RDNA 2(2020年、RX 6000シリーズ)は、ハードウェアレイトレーシングとInfinity Cacheを導入し、 PlayStation 5とXbox Series X/Sにも採用されました。 RDNA 3(2022年、RX 7000シリーズ)は、チップレット設計とAIアクセラレーションを追加しました。
データセンターとインスタントGPU
AMDは、Radeon Instinctシリーズでデータセンター市場に参入しました。 MI100、MI200、MI300などのインスタントGPUは、HPCとAIワークロードで高い性能を提供しています。 Frontierスーパーコンピュータは、AMD EPYC CPUとMI250X GPUを組み合わせ、世界最速のスーパーコンピュータとなりました。
Intel Graphics
統合グラフィックスとXeアーキテクチャ
Intelは長年にわたり、CPUに統合されたグラフィックス(iGPU)を提供してきました。 HD Graphics、Iris Graphics、UHD Graphicsなど、主にエントリーレベルのグラフィックス性能を提供しました。 2020年にXeアーキテクチャを発表し、独立GPU市場への本格参入を表明しました。
Intel Arc(Alchemist)は、2022年に発売され、ゲームとコンテンツ制作をターゲットとしました。 Xe-HPG(ゲーム向け)、Xe-HPC(データセンター向け)、Xe-LP(低消費電力)の3つのバリエーションがあります。 データセンター向けのPonte Vecchio(Xe-HPC)は、Auroraスーパーコンピュータに採用されています。
技術トレンドと主要な技術革新
プロセス技術の進化
ムーアの法則とプロセス縮小
ムーアの法則(18-24か月ごとにトランジスタ数が2倍になる)は、半世紀以上にわたって半導体業界を牽引してきました。 1970年代の10μmプロセスから、2020年代の3nmプロセスまで、継続的な微細化が進められてきました。 しかし、物理的限界とコストの増大により、プロセス縮小のペースは鈍化しています。
主要なプロセスノード:
- 7nm(2018-2020): TSMC 7nm、Samsung 7nm、Intel 10nm(実質7nm相当)
- 5nm(2020-2022): TSMC 5nm、Samsung 5nm、Apple A14、M1チップ
- 3nm(2022-現在): TSMC 3nm、Samsung 3nm、Apple A17 Pro、M3チップ
- 2nm(2025-予定): TSMC 2nm、Samsung 2nm、次世代プロセスの準備中
EUVリソグラフィと3Dトランジスタ
EUV(Extreme Ultraviolet)リソグラフィは、7nm以降のプロセスで不可欠な技術となりました。 従来のArFリソグラフィでは微細化が困難になり、EUVによりより細かいパターンを形成できるようになりました。 FinFET(3Dトランジスタ)は、22nm/16nmプロセスで導入され、リーク電流の抑制と性能向上を実現しました。 GAAFET(Gate-All-Around FET)やNanosheetトランジスタは、3nm以降のプロセスで採用されています。
アーキテクチャの進化
マルチコアと並列処理
2000年代後半から、シングルコアの性能向上が限界に達し、マルチコアアーキテクチャが主流となりました。 Intel Core 2 Duo(2006)、AMD Phenom(2007)など、デスクトップCPUでデュアルコアが普及しました。 現在では、デスクトップCPUで16コア、サーバーCPUで128コア以上が一般的になっています。
GPUは元来並列処理に特化した設計のため、数千個のCUDAコアやストリームプロセッサを搭載しています。 NVIDIA GeForce RTX 4090は、16,384個のCUDAコアを搭載し、並列計算能力を大幅に向上させています。
チップレット設計とモジュラーアーキテクチャ
チップレット設計は、複数の小さなダイ(チップ)を1つのパッケージに統合する技術です。 AMDのEPYC、Ryzen Threadripper、Radeon RX 7000シリーズは、チップレット設計を採用しています。 これにより、製造歩留まりの向上、コスト削減、柔軟な製品構成が可能になりました。 IntelもMeteor Lakeでチップレット設計を採用し、CPU、GPU、NPU、I/Oを分離したモジュラーアーキテクチャを実現しました。
ハイブリッドアーキテクチャ(PコアとEコア)
IntelのAlder Lake(2021)は、高性能コア(P-core)と高効率コア(E-core)を組み合わせたハイブリッドアーキテクチャを採用しました。 P-coreはシングルスレッド性能を重視し、E-coreはマルチスレッド性能と電力効率を重視しています。 Windows 11のスケジューラーが、ワークロードに応じて適切なコアにタスクを割り当てます。 Raptor Lake(第13世代)、Meteor Lake(第14世代)でも同様のアーキテクチャが継続されています。
メモリ技術の進化
DDRメモリと帯域幅の向上
DDR(Double Data Rate)メモリは、2000年のDDR SDRAMから始まり、DDR2、DDR3、DDR4、DDR5と進化してきました。 DDR5(2020年)は、DDR4と比較して帯域幅が2倍以上に向上し、データセンターとハイエンドデスクトップで採用されています。 LPDDR5(Low Power DDR5)は、モバイルデバイスとノートPCで広く使用されています。
HBMとGDDRメモリ
HBM(High Bandwidth Memory)は、3Dスタック技術を使用し、GPUとデータセンター向けプロセッサで高い帯域幅を提供します。 HBM2(2016年)、HBM2e(2019年)、HBM3(2022年)と進化し、NVIDIA A100、AMD MI200などで採用されています。 GDDR6(Graphics DDR)は、ゲーム向けGPUで使用され、GeForce RTX 30/40シリーズ、Radeon RX 6000/7000シリーズで採用されています。
AIアクセラレーション
Tensor CoresとAI推論
NVIDIAのTensor Coresは、深層学習の推論と学習を高速化する専用ユニットです。 Voltaアーキテクチャ(2017年)で初めて導入され、V100、Titan Vなどで使用されました。 Ampereアーキテクチャ(2020年)の第2世代Tensor Coresは、FP16、INT8、INT4の精度をサポートし、 Transformer、CNN、RNNなどのモデルで大幅な性能向上を実現しました。
NPUとエッジAI
NPU(Neural Processing Unit)は、スマートフォン、タブレット、ノートPCに統合されたAIアクセラレーターです。 AppleのNeural Engine、QualcommのHexagon DSP、IntelのNPU(Meteor Lake)などが代表例です。 エッジデバイスでのリアルタイムAI推論、画像認識、音声認識などを可能にしています。
市場動向と将来展望
CPU市場の現状
デスクトップとモバイル市場
デスクトップCPU市場では、IntelとAMDの競争が続いています。 AMD Ryzenシリーズは、マルチコア性能とコストパフォーマンスで優位に立ち、市場シェアを拡大しています。 Intelは、Alder Lake以降のハイブリッドアーキテクチャで巻き返しを図っています。 モバイル市場では、ARMアーキテクチャ(Apple Mシリーズ、Qualcomm Snapdragon)がシェアを拡大しています。
データセンターとサーバー市場
データセンター市場では、AMD EPYCとIntel Xeonが競争しています。 AMD EPYCは、高いコア数とメモリ帯域幅で、クラウドサービスプロバイダーに広く採用されています。 ARMベースのサーバープロセッサ(AWS Graviton、Ampere Altra)も、特定のワークロードで採用が増えています。 省電力とコスト効率が、ARMサーバーの主な利点です。
GPU市場の現状
ゲーム市場
ゲームGPU市場では、NVIDIA GeForceとAMD Radeonが競争しています。 NVIDIAは、レイトレーシング、DLSS(Deep Learning Super Sampling)、高性能で優位に立っています。 AMDは、コストパフォーマンスとFSR(FidelityFX Super Resolution)で競争しています。 Intel Arcは、エントリーレベル市場への参入を目指しています。
データセンターとAI市場
データセンターGPU市場では、NVIDIAが圧倒的なシェアを持っています。 A100、H100などのデータセンターGPUは、機械学習トレーニング、推論、HPCで広く使用されています。 AMD Instinctシリーズも、HPCとAIワークロードで採用が増えています。 クラウドサービスプロバイダー(AWS、Azure、GCP)は、GPUインスタンスを提供し、AI開発を支援しています。
将来の技術トレンド
量子コンピューティングとニューロモーフィックコンピューティング
量子コンピューティングは、従来のコンピューティングの限界を超える可能性を秘めています。 IBM、Google、Intelなどが量子プロセッサの開発を進めています。 ニューロモーフィックコンピューティングは、脳の構造を模倣したチップで、低消費電力でのAI処理を目指しています。 IntelのLoihi、IBMのTrueNorthなどが研究開発されています。
3D積層とパッケージング技術
3D積層技術は、複数のダイを垂直に積み重ねることで、パフォーマンスと効率を向上させます。 TSMCのSoIC(System on Integrated Chips)、IntelのFoveros、AMDの3D V-Cacheなどが実用化されています。 パッケージング技術の進化により、異なるプロセスノードのダイを統合することが可能になっています。
持続可能性と省電力技術
半導体業界は、消費電力の削減と環境への配慮を重視しています。 プロセス技術の進化、アーキテクチャの最適化、電源管理技術の改善により、性能あたりの消費電力が継続的に改善されています。 ARMアーキテクチャの採用拡大も、省電力化の一因となっています。
まとめ
CPU・GPUメーカーの歴史と技術の要点
- CPUメーカー: Intel、AMD、ARMがそれぞれ異なるアプローチで市場をリード
- GPUメーカー: NVIDIAがAIとデータセンターで優位、AMDがゲーム市場で競争
- プロセス技術: 7nmから3nmへ、EUVリソグラフィと3Dトランジスタが鍵
- アーキテクチャ: マルチコア、チップレット、ハイブリッドアーキテクチャが主流
- AIアクセラレーション: Tensor Cores、NPUが機械学習を加速
- 市場動向: データセンターとAI市場が成長、ARMの採用が拡大
CPUとGPUの技術進化は、コンピューティングの未来を形作っています。 プロセス技術、アーキテクチャ、メモリ技術の進化により、より高性能で効率的なプロセッサが開発され続けています。 機械学習、クラウドコンピューティング、エッジコンピューティングなどの新しいワークロードに対応するため、 メーカーは継続的なイノベーションを追求しています。